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エッセイ

Vol.6

葬儀で福音を語ること

斎場にはいくつもの仕切られたセレモニーホールが用意されており、各ホールから読経の声や木魚を打ち鳴らす音が響き渡っていた。そんな中、私が牧師服を着て歩いていると注目を集める。通常キリスト教式の葬儀は教会で執り行われるので、斎場で行われるのは珍しいのであろう。
私は花できれいに飾られた祭壇を見ながら、5年前の出来事を思い出していた。当時、私と一緒に働いていた60歳になる男性の奥さんが急に病で亡くなられた。その男性が仕事から家に帰ると、奥さんが受話器を片手に握ったまま居間で亡くなっていたという。何という悲劇であろうか。私は慰める言葉が見当たらなかった。
その男性は私に借金を頼む程貯えがなかったのに、「こんなことしかしてやれないから」と何百万もする葬儀を出した。私が唖然としている中登場したのは若い僧侶であった。焼香の時間も終わり僧侶は退場するかと思っていたら、何とこちらを向いて説教を始めた。そのほとんどの参列者が私の知り合いであった彼らに向かって、聖書の真理と全く違う話を自信気に語り出したのだ。その厳粛な場にあって私の知り合いたちは、その僧侶の話を頷きながら聞いている。私は「それは違う!」と叫びたくなる感情を抑えながら、いつか私が葬儀で説教をしてやると固く心に決めた。そしてその翌月、私は入学式も終わった神学校に頼み込んで急きょ入学させてもらったのであった。

それから5年後、私は祭壇の前に立って聖書を開き、大半が未信者である参列者に向かって福音を語っている。5年前の決心は時に私は忘れかけていたが、神は忠実である。神は私のその志を覚えておいて下さり、こうして導いて実現させて下さった。いや、その志を私に与えて下さったのも神である。全ての栄光を神に帰したい。
ピリピ2:13「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。」

あの若い僧侶は、暴走族が乗るようなエンジン音の大きな車に乗って帰って行った。私はある意味彼にも感謝している。私のなまぬるい信仰に火を付けてくれたのだから。

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